整体の歴史
整体とは
徒手療法の一つで、身体の不調や歪み・痛みを改善するためや痛みや不調の予防で用いられる方法です。
明治維新で日本に海外の情報が大量の流入されるようになり、大正から昭和初期にかけてはアメリカから手技療法が持ち込まれ、従来の日本的、中国的な手技療法・民間療法に影響を与え、のちに発展することになりました。
創設の経緯
- 創始者の経歴: 整体の創始者とされるのは、アメリカのアンドリュー・テイラー・スティル(Andrew Taylor Still)です。彼は19世紀末に医師として活動し、従来の医学に疑問を抱き、独自の手法を開発しました。
- オステオパシーの起源: スティルは、独自の医学システムとしてオステオパシー(Osteopathy)を創設しました。オステオパシーとは、身体の構造と機能が密接に関連しており、適切な手技によって調整されるべきであるという理論に基づいています。
アメリカの整体(オステオパシーの普及)
オステオパシーは、その後アメリカやヨーロッパで広まり、多くの信奉者や実践者を生み出しました。特にアメリカでは、オステオパシーの教育機関が設立され、医療の一分野として確立されました
中国の整体
中国には推拿(すいな)と呼ばれる手技療法があります。中国では同時に按摩(あんま)という呼び方も一般的に用いられます。日本ではあん摩と表記されます
推拿の意味として「押しながらつまみ上げる」、「押しながら掴み上げる」といった意味になります。それに対して按摩の意味は、「こする」、「さする」といった意味になります。
上記以外でも指先で一点を圧をかけながら振動する「一指禅」などの多種多様な手技方法があります。
日本での整体
整体は日本においても、オステオパシーとは異なる独自の発展を遂げました。日本では、オステオパシーの影響を受けつつも、独自の手技や理論が発展し、「整体」という独自の名称で広まりました。
日本の整体という名称を発明したのは、野口晴哉先生から発症したと言われております。(一説には山田信一先生が最初に使ったという説もある)
1943年(昭和18年)には手技療法の法制化を目的とした「整体法制定委員会」の設立に携わり議長を務めました。
様々な手技療法から有用な技術を抽出し、「整体操法」をまとめ、昭和22年に指導者養成のため、「整体操法協会」を設立されています。
現代の整体
現代の整体は、徒手療法の一つとして広く行われています。整体師は、身体のバランスや機能を調整し、痛みや不調の改善を促進することを目的としています。整体の手技やアプローチは、個々の治療家や学校によって異なる場合がありますが、全体的には身体の構造と機能の調和を重視する傾向があります。
整体は、歴史的にはオステオパシーから発展した手技療法の一つであり、それぞれの文化や地域で独自の発展を遂げてきました。